HMU 達弥西心

2017年11月19日

●風間旅人随想(2017/11)(1/6) - HMU 達弥西心

指導のなかで「自分ごととしてとらえる」とよく言われますが、それが私はなかなか出来ずにいます。まずは興味があるように演じてゆくことでしょうか?コツというか、ポイントがありましたらお願い致します。という質問を受けました。私が心掛けている「自分ごととしてとらえる」の実践についての質問です。


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2017年10月20日

●風間旅人随想(2017/10)(12/12) - HMU 達弥西心

それは、若いころセールス営業をしているときによく思いました。最初はちゃんと説明しようと思って、的確に説明しようと思って説明するのですが、ほとんど伝わっていない。極端に言うと、セールスというのは自分をお客に気に入られさえすればほとんど伝わるのです。8割くらいまでね。「この人、気に入った」とか、「この人、いい人」となると、それだけで決まります。ですからまずは笑顔、あるいは礼儀作法、そんなことです。わかりやすい言葉でお客が言ってほしい言葉を、そんなにたくさん言わなくてもいいので連発することです。くり返すこと。言いたいことはくり返すこと、かな。私は気が遠くなるほどくり返します。伝わるまで。
(西)


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2017年10月19日

●風間旅人随想(2017/10)(11/12) - HMU 達弥西心

言葉は、的確な言葉を使ったときにはとても大きな力を持ちますが、外れた言葉を使うと本当に無力です。無力ですし、害にもなります。伝わりませんし誤解もされます。


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2017年10月18日

●風間旅人随想(2017/10)(10/12) - HMU 達弥西心

ポイントはできるだけ映像のまましゃべることです。人と話してみるとわかります。それはやっぱりクセ、その人のクセです。自分のクセのとおりに物事を見ますからね。「あなたはこういうふうに思うよね。こういうふうに言ったらこういうふうに思うだろう?でもそっちじゃなくてこっちなんだよね。反対側なんだよね」という話をします。


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2017年10月17日

●風間旅人随想(2017/10)(9/12) - HMU 達弥西心

文書にすると自分が伝えたいことがどんどん減っていきます。伝わりません。頭の良い人が書く文章というのは、私はわからなくなります。賢そうな言葉を使おうとするからでしょう。


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2017年10月16日

●風間旅人随想(2017/10)(8/12) - HMU 達弥西心

相手が描いていることを聞いていて、それが、私が描いていることと同じだったら「そのとおりでいい」と言います。それをわざわざ言葉にして伝えなくてはいけないとか、文書にして渡さなければいけないというものでもありません。


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2017年10月15日

●風間旅人随想(2017/10)(7/12) - HMU 達弥西心

今、こういう説明をしている。いまこの言葉を使ったけど、この言葉はちょっと違うかなとか、そういうふうにそれを確認します。「今、こう言ったけど、どういうこと?」というふうにね。そうやってだんだん共通の言葉にしていきます。


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2017年10月14日

●風間旅人随想(2017/10)(6/12) - HMU 達弥西心

私がどのようなポイントで映像を言葉にしているかというと、ほとんど映像のままで処理しています。例えばスタッフが決裁ということでやって来ます。「これこれこうで」と言い始めたら、その人が描いていることと同化するというか、入り込んでしまいます。


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2017年10月13日

●風間旅人随想(2017/10)(5/12) - HMU 達弥西心

どうしても伝えなければならないのであれば、それはたくさん話すこと。それと、わかりやすく話すこと。わかりやすく話すことによって伝わることがあります。難しく話そうとか、賢そうに、かっこうよく、きれいな言葉で、とか、そんなふうに思うとだんだん遠くなります。


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2017年10月12日

●風間旅人随想(2017/10)(4/12) - HMU 達弥西心

人と話してみてもわかると思います。伝えたいことが伝わるかどうかです。なぜ伝わらないかというと、自分が伝えようとしている言葉が伝えたい映像からちょっと離れている、もしくは遠く離れていることをいくらしゃべっても、それを受け取る方側はその通りに受け取れません。そういう大きなリスクがそこにあるわけで、どんどん離れていきます。私たちは映像をアタマの中で言葉に翻訳して理解し、伝達しているのです。


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