2017年11月21日

●風間旅人随想(2017/11)(3/6) - HMU 達弥西心

自分ごととしてとらえられるようになったら、今度は神ごととしてとらえられるようにならなければなりません。神(天意)はこの私にどう生きろと期待しているのか、です。自分ごとでもとらえられない、何をやっても他人事、無関心という人がいますが、これでは進んでいきません。進んでいきようがありません。


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