2014年10月24日

●風間旅人随想(2014/10)(1/6) - HMU 達弥西心

■見えないけれど、行く
《さて人生の目的です。モノはまぼろしです。いずれ消えて無くなっていくからです。》とあって、《人生の目的は、生きて変化(成長)しながらも、結局は消滅することでしょうか。消えて無くなることでしょうか。消えて無くなるまぼろしを追いかける人生はむなしいでしょう。》(私の著書『人生経営プログラム』)と言っています。
変化することが目的だと言っても、成長することだよねと言ったとしても、最後には無くなるのだと分かったら、無くなることを前提に生きていくことは虚しくはありませんか、ということです。
目に見えるモノを中心として人生の目的を考えると、どんなに考えても、どんな考え方を持ってきても、無くなるのは事実ですから、無くなることをどう受け止めるかというと、虚しいと受け止めるしかないのです。これは意味があるんだ、とてもよいことだ、ということにはならないのです。消えていくのですから。いままであんなにがんばってきた、それはいったいどうなるの?ということになりますよね。
この『うれしい新聞』も創刊8年を過ぎ、毎月発行して今号で通巻100号を数えます。これで到達でしょうか。これでおしまいでしょうか。100号が目的だったでしょうか。いいえ。到着点の向こうにさらに目的がなければ、明日からまた歩いて行けません。人生の到達点の向こうの目的地とはどこでしょう。そこに向かってまた歩き出します。見えないけれど、行く、のです。
1・2・3・4・5・6・7・8・9。9の次は、え?そう!0です。そしてまた1・2・3・4・5・と繰り返します。その10回分の繰り返しの結果が100なのです。


oitokuyo at 08:01│ HMU 達弥西心