2018年02月

2018年02月23日

●風間旅人随想(2018/02)(8/8) - HMU 達弥西心

生きていて、この世的な目的を追いかけていると、どれだけ達成しても、「それからどうする?」と言われたときに、それから先が描けないというか、何も描けません。少なくとも私はそうでした。思い描けません。そうしたら天意に沿うという、なかなか沿うことができない高みを目指して、それを目的にしていくとがんばれる。なかなかその目的は、「高み」ですから、達成できません。簡単に達成してしまうと、すぐに「どうしよう?」と思います。そう思います。目的はそんなものだと思うのです。目的は到達できないから、目的なのです。
(西)


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2018年02月22日

●風間旅人随想(2018/02)(7/8) - HMU 達弥西心

天意に沿うこと、すなわち神さまが思っていらっしゃることに合わせて生きていくことができる、ほんの一瞬でもそのように生きていくことができるというのが目的ではないかと思います。神さまの意思と自分の意思がどれくらい合ったかということ、そういうことを大事なこととして生きていきたいと思っていますから、そこに合わせるべきだと私は思っています。当然、使命の働きを持った人や役割を果たす人が目の前に現れたら、その人の下支えを決意するべきでしょう。人生の目的は、他にはありません。


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2018年02月21日

●風間旅人随想(2018/02)(6/8) - HMU 達弥西心

私も今までにいろいろと目的というものを考えて来ましたが、事業をやってみてうまくいくこと、セールスをやってうまくいくこと、それから商品を作り出して売り出すこと、いろいろやってみましたけれども、そんなのは目的でもなんでもなくて、手段だったなと思います。


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2018年02月20日

●風間旅人随想(2018/02)(5/8) - HMU 達弥西心

「人生の目的もそれぞれにかかわってくるのでしょうか?」というところについて、私は、天意に沿うこと以外に人生の目的はないと思っています。それぞれにあるというほど、目的にたくさんの種類はないと思うのです。


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2018年02月19日

●風間旅人随想(2018/02)(4/8) - HMU 達弥西心

そうだとしたら、使命の働きを持った人はその使命は何なのかということをはっきりとピッタリとピントが合うまで自分でMAOして(自分に聞いて)、「ここが私の使命だな」と見極めること。あるいは、「これが役割なんだな」ということをしっかりと見極めることです。見極めて、その映像を描くことができれば、それは「目指す」などと言わなくても自然にそっちの方に向いていきますので、そういう生き方でいいと思います。


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2018年02月18日

●風間旅人随想(2018/02)(3/8) - HMU 達弥西心

ふつうの人に比べてということかな。ふつうの人がいて、そこに使命の働きを持った人、役割を持った人がいて、その人たちの生き方はどう変わっていくのかと聞いているのかな。


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2018年02月17日

●風間旅人随想(2018/02)(2/8) - HMU 達弥西心

この質問の意味がよくわからない。私の問題かなぁ。「どう違っていく」というのはどういうことを聞きたいのかな。何を聞きたいのかわかりません。この人は何を知りたいのでしょうか。


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2018年02月16日

●風間旅人随想(2018/02)(1/8) - HMU 達弥西心

「使命のはたらきを持った人、役割を果たす人、その生き方はどう違っていくのでしょうか?人生の目的もそれぞれにかかわってくるのでしょうか?」と、スタッフから質問を受けた。私が答えます。


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