2017年11月

2017年11月24日

●風間旅人随想(2017/11)(6/6) - HMU 達弥西心

人生が始まったときには、どう生きて、いつ、どのように終わっていくかが明らかに決まっています。つまり人間は、神の想定内の人生を生きるのです。
(西)


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2017年11月23日

●風間旅人随想(2017/11)(5/6) - HMU 達弥西心

ちょっとしたことでいいですから、「自分はこれにはこだわる」ということがあったら、それに一生懸命に取り組んでみることです。例えば掃除でも、きちんとできたとか、素早くできたとか、時間内にできたとか、そういうことを自分ごととしてとらえてやってみたらどうでしょうか。そうすると、だんだん「もうちょっとこうしよう。これはこうしよう」というのが見えてくると思います。


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2017年11月22日

●風間旅人随想(2017/11)(4/6) - HMU 達弥西心

「興味があるように演じてゆく」とありますが、興味がないことは演じられませんから、興味に向かうのは仕方がありません。だけど大事なことは「生きていくことを自分ごととしてとらえること」です。


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2017年11月21日

●風間旅人随想(2017/11)(3/6) - HMU 達弥西心

自分ごととしてとらえられるようになったら、今度は神ごととしてとらえられるようにならなければなりません。神(天意)はこの私にどう生きろと期待しているのか、です。自分ごとでもとらえられない、何をやっても他人事、無関心という人がいますが、これでは進んでいきません。進んでいきようがありません。


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2017年11月20日

●風間旅人随想(2017/11)(2/6) - HMU 達弥西心

他人事なのです、たいてい。みんな他人事ですよ。よく「人からどう思われているか」と気にしますが、人は自分が気にするほどに思ってはいません。みんな自分のことで精一杯ですから。自分のことを考えるのであれば真剣に一生懸命に自分のことを考えることです。自分は本当に何に向いているのか、どっちを向いているのか、本当に一生懸命にやっているのか、黒い念いでやっていないか、手を抜いてはいないかと、そういうことを考えてみましょう。


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2017年11月19日

●風間旅人随想(2017/11)(1/6) - HMU 達弥西心

指導のなかで「自分ごととしてとらえる」とよく言われますが、それが私はなかなか出来ずにいます。まずは興味があるように演じてゆくことでしょうか?コツというか、ポイントがありましたらお願い致します。という質問を受けました。私が心掛けている「自分ごととしてとらえる」の実践についての質問です。


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