2015年08月

2015年08月21日

●風間旅人随想(2015/08)(7/7) - HMU 達弥西心

ここに、やのくにという目に見えないくにをつくろうとしている。農業も、住宅も、食も、お店も、健康も、癒しも、スポーツも、出版も、伝統行事も、生き方提案も。日々をくりかえす暮らしのなかで、「こんなふうにあったらいいな」をつくっていきたい。
(西)


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2015年08月20日

●風間旅人随想(2015/08)(6/7) - HMU 達弥西心

ふと、この世を去っていく前に、私のふるさとはどこ?いなかはどこにある?と考えてみた。福岡はよかった。広島、徳山、岩国、北九州にも住んだ。京都もいい。ふるさととは、自分が生まれた土地でもあるが、かつて住んだことのある土地でもある。また、なじみ深い土地のことでもある、とするならば、私のふるさとは、やはり田布施だと思う。風の中を旅する人になってみて、私のふるさと、いなかは田布施なのだと思う。


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2015年08月19日

●風間旅人随想(2015/08)(5/7) - HMU 達弥西心

社会に出たが、ずっと風の間を旅する人になりたいと思っていた。風間旅人になりたい、と。ふるさとのことも、いなかのこともすっかり忘れていた。仕事に夢中になっていたのかも知れない。いくつも街を引っ越した。訪ねたことのない都道府県はないほどに仕事で全国を旅して歩くようにもなった。


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2015年08月18日

●風間旅人随想(2015/08)(4/7) - HMU 達弥西心

貸本屋のおばさんが私に声をかけたのは、ある大きな宗教団体の集会に連れて行く人数集めのためだったようだ。偽名を使っていた後ろめたさからその集会に行くことを承知した。「ぼく、お金ないですよ」と断わったのに、タダでいいからと説得されて(当たり前か…)、次の日曜日、学生服を着て3時間ばかり体育館の一番後ろの席でじっと最後まで聞いていた。当時大人気だった女性歌手がゲストだよ(何のゲストだろうね?)と聞かされていたのに、最後の最後まで出てこなかった。


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2015年08月17日

●風間旅人随想(2015/08)(3/7) - HMU 達弥西心

「いわきさんじゃないの!さっきからなんども呼んだのに」と言う。「そういえば、いわきさん、いわきさんと言っていたな」。やっと気がついた。「私はいわきさんなんだ!石城淳平なんだ!」。貸本屋に行ったのもその時だけ、一度だけ使った偽名をすっかり忘れていた。私のいなかは田布施だということもあまり意識しなくなっていたのだと思う。


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2015年08月16日

●風間旅人随想(2015/08)(2/7) - HMU 達弥西心

それから半年たったころ、経済的事情で住み込んでいた新聞販売店を店主から追い出されそうになってどうすればいいんだろうと途方にくれていたとき、歩道橋の上から流れるクルマをぼんやり眺めていたら、誰かの大きな声が聞こえた。下のほうで女の人がなんだか私の方に向かって叫んでいる。私には何を言っているのかわからなかった。やがてその女性は歩道橋に上がってきた。あ、貸本屋のおばさんだ!


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2015年08月15日

●風間旅人随想(2015/08)(1/7) - HMU 達弥西心

学生のころ、貸本屋で本を借りるのにとっさに自分の名前を「石城淳平」と書いた。もちろん偽名だ。店のおばちゃんが「なんて読むの?」と聞いてきた。「あ、いわきです。いわきじゅんぺいです」と答えた。「石の城と書いていわき?珍しいお名前ねえ」と言う。「ああ、いなかの山に石の城と書いて、石城山ってあるんですよ。いわきさん。それと同じ読みです」。少し慌てて言い訳をした。佐藤栄作さんが総理大臣のころだ。18のとき田布施を出て、大学に通うために福岡に住んだばかりのころのことだから47年くらい前の話。福岡に住んでいても私のいなかは田布施だった。


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