2015年04月

2015年04月24日

●風間旅人随想(2015/04)(4/4) - HMU 達弥西心

目的地は近づけば向こうにいく、近づけばまた向こうにいく。到達できないと知って、到達することを意思して近づいていくところです。到達しないから、目的地として意味があるのです。かならず無くなってしまうのになんとしてもあろうとするから煩悩に惑わされます。あってもないがごとく生きる。そうです、人生の目的はゴールのずっとずっと向こうにあるのです。人生の目的は見えないところにあるのです。
(西)


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2015年04月23日

●風間旅人随想(2015/04)(3/4) - HMU 達弥西心

果たしてそうなのでしょうか。
「目的地のはるか向こうの目指すべき地にあこがれて、希望に満ちて旅を続けることが、よいことである」。私はそう思います。この世は目に見えるものと目に見えないものとでできています。見えない音を聞いています。見えない香りを嗅いでいます。見えない味を味わっています。見えない温もりを感じています。目には見えないものを描いています。私たちは目に見えるものの世界を通り抜けて、目に見えない世界に入っていくのです。人生という旅の目的地はこの世のはるか向こうの見えないところにあるのです。


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2015年04月22日

●風間旅人随想(2015/04)(2/4) - HMU 達弥西心

さて、死ぬことを目的として人は生まれて、生きていくのか。無くなることを目的に生きていけるのか、です。死ぬことが確実なこととして、約束されたこととして生きていくなら、人はいずれ消えていく「まぼろし」なのでしょうか。まぼろしとして生きて、まぼろしとして消えていくのか、です。多くの世界的に著名な作家や詩人たちが人生についてこう書いています。「希望に満ちて旅を続けることが、旅の目的地に到達することより、よいことである」と。人生はたどり着くことより、そのプロセスが大事だというのです。


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2015年04月21日

●風間旅人随想(2015/04)(1/4) - HMU 達弥西心

人生の目的はなんでしょう。
生まれて、生きて、死んでいくことを人生といいます。人がこの世で生きている間。人の一生を人生といいます。ではその人生の目的はどこにあるのでしょう。ゴールにあります。ゴールとはどこでしょう。最後のところです。人生のたどり着いた目的地に何があるのかです。人生の目的はなにか、といえば、死です。無くなること、死ぬこと、消えてしまうこと、いのちがなくなることが待っています。


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