2013年11月

2013年11月28日

●風間旅人随想(2013/11)(11/11) - HMU 達弥西心

後継とは、仏壇を引き受けることである(財産だとか、家だとか、お墓だとか、親の面倒をみるとか、なにも関係がない)。その仏壇は一家にひとつだけであることは言うまでもない(嫁いだ女は実家の仏壇を持ち込んではならない)。そして、後継すべき者が後継しないよりは、後継すべきでない者が後継するほうが、逆風が吹き荒れるという法則がある。後継すべき者はその家にたった一人である。生まれてきたときに後継すべき者はすでに決まっている。私の生き方提案はそんなこと。宗教ではない。
(西)


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2013年11月27日

●風間旅人随想(2013/11)(10/11) - HMU 達弥西心

独り者と独り者が縁あって結婚した。お互いに親からの仏壇を一つずつ持っていた。アパートに二つの仏壇を並べてみて、これはなにか変だと思ったふたりは女のほうの仏壇をこっそり川に流そうとした。清い流れに流してしまおうと考えたらしい。そのふたりの姿が目撃されて捕まってしまった、というニュースも少し前に流れた。どうしてよいかわからないのだ。これは宗教の問題ではなく、暮らしの問題だろう。人生の問題だろう。


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2013年11月26日

●風間旅人随想(2013/11)(9/11) - HMU 達弥西心

その日はそのまま帰ってきたが、どうしても納得がいかないので、後日またお寺に出かけた。和尚さんは留守だったが、奥さんがもう一度同じ話を聞いてくれた。奥さんはわかってくれた。そして永代供養を引き受けてくれた。仏壇の処理も引き受けてくれたという。こんな相談は全国でいくつも受ける。


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2013年11月25日

●風間旅人随想(2013/11)(8/11) - HMU 達弥西心

和尚さん、永代供養をやったことがないらしい。「こんな宗教にかぶれてはいけません(ほら!また言われた)。魂なんか、この世にいません!」と、永代供養の申し出を断固拒否した。


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2013年11月24日

●風間旅人随想(2013/11)(7/11) - HMU 達弥西心

和尚さんは黙り込んだ。そしてその女性は『月刊もほん』を差し出した。ここで学んでいるのだ、と。永代供養をしておかないと先祖は放られてしまうし、お墓は無縁仏になってしまうのです、と。


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2013年11月23日

●風間旅人随想(2013/11)(6/11) - HMU 達弥西心

お寺に永代供養を申し出たら、和尚さんに叱られた。「そりゃあ、娘のあなたが供養しなきゃ誰がするのですか」「私が供養したい気持ちはやまやまですが、私は嫁いだ身です。それに、いまは元気ですが、私も歳を取ります。いずれは死んでいきます。元気なうちに永代供養をお願いしておきたいのです」


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2013年11月22日

●風間旅人随想(2013/11)(5/11) - HMU 達弥西心

私は一人娘に生まれた。嫁いでふたりの娘を持った。実家には母が一人で暮らしていたが、亡くなって住む人もいなくなった。しばらく仏壇もそのままにしていたが、家が傷んできたので解体する必要が生じた。家を壊す前に、仏壇を誰が見るか、先祖を誰が供養するかを考えると、自分しかいないが、嫁いでいる自分にはその資格がない。


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2013年11月21日

●風間旅人随想(2013/11)(4/11) - HMU 達弥西心

実際の話である。こんな相談を受けた。東北地方のある女性の話だ。


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2013年11月20日

●風間旅人随想(2013/11)(3/11) - HMU 達弥西心

非婚化が進み、少子化が進み、過疎化が進んでいくと、「家の後継は長男とは限らない」のは自然とさえ言える。問題はこの次にある。


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2013年11月19日

●風間旅人随想(2013/11)(2/11) - HMU 達弥西心

全国において『家の後継は長男とは限らない』という講演をしてまわる私は、永代供養しか手が無いだろうという現実にたびたび遭遇する。こんな話をしてまわり相談を受けたりするから「宗教か?」と問われるのだと思うが、後継の問題は暮らしの問題だし、現実の切実な問題なのだ。宗教の問題ではない。誰もが、生まれると、例外なく死んでいく。死ぬときに、これらを繋いでいくにはどうすればよいかを考える。誰もが後継の問題に直面する。


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