2013年03月

2013年03月22日

●風間旅人随想(2013/03)(7/7) - HMU 達弥西心

私の「今」、「ここ」、「私」は、この世を去ったとき風に吹かれて無くなり、継いだ者の「今」、「ここ」、「私」がそこにある。
(西)


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2013年03月21日

●風間旅人随想(2013/03)(6/7) - HMU 達弥西心

私の経営のやり方、私の生き方提案、遺していくものは選んだ、決めた。あとは、残された者が遺されたものを、伝え、継いでいくだけのこと。


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2013年03月20日

●風間旅人随想(2013/03)(5/7) - HMU 達弥西心

社長の幸せな辞め方というものがある、と思う。息子の幸せな継ぎ方というものがある、と思う。


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2013年03月19日

●風間旅人随想(2013/03)(4/7) - HMU 達弥西心

生きていくのは、生きているのは、「私」だろう。


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2013年03月18日

●風間旅人随想(2013/03)(3/7) - HMU 達弥西心

生きていくのは、生きているのは、「今」だろう。「ここ」だろう。


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2013年03月17日

●風間旅人随想(2013/03)(2/7) - HMU 達弥西心

私たちの人生もこんなふうに突然消えていくのだろう。消えていってよいのだろう。それが人生というものだろう。


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2013年03月16日

●風間旅人随想(2013/03)(1/7) - HMU 達弥西心

街の角にあった店が閉店した。先月の末日をもってろうそくの炎を吹き消すように消えた。目立っていた看板が撤去されたら、たちまち人々の記憶からも薄れた。風が過ぎ去って景色が変わったように、あっさりと無くなってしまった。


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