2011年12月

2011年12月17日

風間旅人随想(2011/12)

 結局、一人ひとりが思うその思いがその人の思いであって、それが誰かとほんの少しだけズレていたとしても、その人の思いに違いないのだ。それが、その人の正解なのだ。人は自分と対話しながら、自分を生きていく。誰かと同じでなくても、わかりあえなくても、それが少し悲しくても、寂しくても、それが人生というものなのだ。還暦を迎えて。そう思えるようになった。人はみな自分を生きる。
(西)


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2011年12月16日

風間旅人随想(2011/12)

 演台に立ち、語りかけながら、どの会場でもほんの少しだけ伝わり方にズレを感じていた。仙台では大震災をはさんで9ヶ月ぶりの講演だった。演題は『黒い念い白い念い』だった。「あなたの腹の中は真っ白ですか。それとも真っ黒ですか。時々黒くなりますか」「人はなぜ笑うのでしょうか。笑っていなければ生きていけないから笑うのでしょう。自分で自分を励ますのでしょう」と語りかけた。被災の渦中にある人たちに語りかけた。私の伝えたいことと聴いている人たちの受け止めたことの間には、きっと隙間があったと思う。


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2011年12月15日

風間旅人随想(2011/12)

 先月、私は生き方提案会社の社長として、ひと月に延べ25会場1765名の人たちを前に講演した。『モノとこころの関係』『人生の目的は何か』『自分という商品の作り方』『黒い念い白い念い』『時間を制するものがこの世を制する』『働く意味』。タイトルも様々だ。


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2011年12月14日

風間旅人随想(2011/12)

 風に吹かれて雨に打たれて、それでも咲いている花がある。別に一生懸命咲いているわけじゃない。意味なくふつうに咲いているだけなのに、みんな勝手に思い込んでいる。勘違いしたまま付き合っている。ほんの少しだけなのに、あと少しだけなのに、そのほんの少しが近づけない。傷ついたふりをしたり、わかったふりをしたり、なんとなく思いあったつもりで生きている。


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2011年12月13日

風間旅人随想(2011/12)

 きみがコーヒーをいれている。ぼくはそれをじっと見ている。毎朝のいつもの景色。やわらかな時間がすぎていく。ぼくが想っていること。きみが想っていること。たがいに何かを言いかけて、そのままカップに手を伸ばす。ちょっとだけ足りなくて、ちょっとだけすれちがう。このちょっとだけが悲しいね。このちょっとだけが寂しいね。


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