2009年08月27日

●自分が選んだ道は「いつも正しい」 - HMU 達弥西心

あなたは人生の季節をどこまで見送ったのか。どこまで迎えたのか。その季節をあなたはどんな色に塗ってきたのか。

過ぎて行ったあなたの季節は、もう決して戻ることはない。だから、だからこそ、自分で選んだ道はきっと正しいと、あなたはきっとそう思いたいはず。

それでよいのだと思う。それしかないと思う。自分が選んだ道は「いつも正しい」。自分で選んだから、正しい。

達弥西心

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2009年08月26日

●「いのち」は、こころとからだによってつくられている。 - HMU 達弥西心

人の「いのち」というのは、こころとからだによってつくられている。

これはもうよく知っているね。

からだの中にこころがあって、はじめて人なのだ。そして、こころが原因で、からだが動くようにつくられている。こころの原因によって、からだに結果がでるようになっている。

これももうよく知っているね。

達弥西心

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2009年08月25日

●「自立」というテーマ - HMU 達弥西心

私は、「未来の夢」の手に入れ方にはおおいに興味を持っている。未来は実際になんとかできるからだ。

反対に、過去のことはよく憶えているが、「過去の写真」にはあまり興味がない。過去はどうやったって、実際になんともできないからだ。

達弥西心の興味はどこにあるかと考えてみた。

人生というもの、経営というもの、事業というもの、興味がある。自分でなんとかしていくもの、なんとかできるものに興味があるのだと思う。つまり、「自立」が、達弥西心のテーマである。

反対に、宗教というもの、政治というもの、お金というものは、回りくどくて私は興味がない。自分でなんとかしていくことも、なんとかできることもなさそうだ。信仰するのはよいが、信者が自分で人生を決められない、すがる、頼る、そんな宗教。総理大臣が、議員が思った通りに動けない、動かせない、もたつくそんな政治。高速道路料金の値下げによって大型フェリー客が激減しているのをどうすればよいか。政治は権力闘争なの? そして、自分で働かないでお金がお金を生むマネーゲーム、そんなお金には私はまったく興味がない。「自立」というテーマのかけらもないからだ。

「利益」というものは、いわゆるお金の領域ではなく、私には経営や事業の領域である。

ちょっと、きちんと意見を言ってみた。

達弥西心


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2009年08月24日

●私の興味のあるもの、私の興味のないもの - HMU 達弥西心

私の興味のあるものは、「人生」、「経営」、「事業」。話題としても取り上げるが、私個人もおおいに興味がある。このブログもこの三つがテーマになると思う。

私の興味のないものは、「宗教」、「政治」、「お金」。話題としては取り上げるが、私個人はまったく興味がない。まったく無頓着である。

達弥西心


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2009年08月23日

●私の「0ぽっち」 - HMU 達弥西心

(続き)まあ、そんな感じでですね、「0ぽっちを進んでいったら」と。で、そうやって言うと、私も「今年、何をやるか?」っていう話でね、今までもやってきたんです。私、「私の0ぽっちは何だったか」ってずーっと考えてみると、MAOっていうのはそうですよね。前に誰かがやっていたわけじゃないね。「MAOっていうのを、こうやっていきます」と。で、それを誰かに伝えた時に、私の1が始まる、っていうかね。まったく初めてのことを、自分で、まあ例えば、取りかかる。取りかかったことをさらに進めていこうとした時には、その、自分のあとについてくれる人を、育てること。そうすることによって、どんどん前に行かざるを得ないよね。ということ。

それから、この講話を一から始めて、ねえ。始めました。ずーっと続いているけど、なんかもう「やっていけるかな」って、最初の思いはね。「やる」って決めないと、「やる」って言わないと、進まないよね。それから、まあそういう意味で行事もそうですけど。

意外と私が「やってるな」って自分で実感する時、一番「0ぽっちを進めているな」って思うのは、あれですよね。あの、みなさんに贈る「誕生カード」を書く時ね。これね、最初そうも思わなかったんだけど、最初あの、なんだっけ、あの、えー、なんとかっていう会社の社長の、あの人がやっている、っていうからね(笑)、真似して始めたんですけど、できると思ったんだけど、結構大変だね。うん。もうほんと、手がしびれるようになりますけど、毎月毎月。年間にすると二千何百通。でも、やっている時に、「ああ、これはやっぱり、ゼロから進めてきたよね」っていうのが自分であるね。それが続いていくと、それが力になってくるね。と思います。はい。まあ、そういうことです。

継続の前に、一番最初にゼロから始まる、っていうね。「一回、今までを叩き壊してそしてゼロから始まって、1、っていう形に行きますよ」ということですね。

まあそういう意味では「くにづくり」もずっと進めておりますけど、はい。あの、これも『0ぽっちのすすめ』で、私の中で、どこまで作り上げることができるかな、と思いながら、じりじりとやっています、はい。

あれはやっぱり、ゼロから始めたから良かったんだと思いますね。どこかにあるところをそのまま引き継いでやって行くんでは、ここまでにならなかったと思います。はい、そんな感じでやることを、今年も始めて行きたいと思っています。

はい、そんな感じでですね、『0ぽっちのすすめ』ということを、お話しさせていただきました。はい。是非、今年はこの「0ぽっち」を進めていく。

それと、今年の時流ね、しっかりと生き抜くためには、常にここに、「原点に戻る」ということをしていただいたら、というふうに思います。(了)

達弥西心

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2009年08月22日

●仕舞うとすぐに始める『自分についてきてくれる人をつくる』 - HMU 達弥西心

(続き)それから四番目。これは意外と落ちるんですけど、『仕舞うとすぐに始める』ことの四番目はね、『自分についてきてくれる人をつくる』。

なかなか始まらない人はね、こういうことなんですね。自分でやろうとした時に、一緒にやる人とかね、それを探しますよね。一緒にやる人とか、自分と一緒にこう、何かを取り組んでくれる人。これは自分がまあ、信じていかない、っていうのと一緒ですから。

ところが自分についてくる人をつくると、自分は前を向いて行かざるを得ないから、自分についてくる人をつくる、っていうことは、その、「今からこれを、ゼロを1にしていくぞ」っていうね、気持ちがある人、っていうね。

だから、よくあの、私は「共同経営は難しいよね」って言うんですよ。「始める時はいいけど、だんだんこう、軌道にのってくると、必ずトラブルになってくるよね」っていうね。「誰が先を歩くのか、誰がついていくのか、っていうのがはっきり決まっていない状態でやっちゃうと、危ないよね」って言うんですよね。トラブルになって、別れることが多いですよね。

それと同じでね、とにかく、自分がやっていくとしたら、自分が敢えてゼロにして、自分が一つを、一つの種を植える、ということ。その種を、一緒に育ててくれる、っていう、あとについてきてくれる人を育てる。育ててくると自分が引くに引けなくなるから、そうしたら前を向いて行けるよね、っていうことですよね。はい。ということです。(続く)

達弥西心

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2009年08月21日

●仕舞うとすぐに始める『できないと思わずにやる』 - HMU 達弥西心

(続き)それから、三番目として、『できないと思わずにやる』と思うことね。できるかできないかを問われているんじゃなくって、やらないといけないわけですから。

やらないといけないことを、できるとかできないとかって評価している場合じゃないわけね。やらないといけないんだったら、やる、しかないわけで、「やろう」っていうね。「やる」っていうことを決めるっていうこと。(続く)

達弥西心

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2009年08月20日

●仕舞うとすぐに始める『種を植えていく覚悟』 - HMU 達弥西心

(続き)それから二番目。『種を植えていく覚悟』。種を植える、っていうのは、もうとにかく一つ一つ、「今から自分が刈り取りをしよう」という畑だったら、もう、どこかの畑を見まわして「どこかに種が植えてあるんじゃないか」と思わないこと。一つ一つ自分が収穫しようと思う畑は、自分が種を自分で植える、っていうことですね。大事なことだと思いますね。だから種を一粒、一粒植えていく。

だからちょうど今年がそれになる、っていうことです。時流から言うとね。「何かを収穫する年ではなくて、始める年ですよ」ということですから、一粒ずつ、新しいことを始めたらいい、ということですね。(続く)

達弥西心

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2009年08月19日

●仕舞うとすぐに始める『新しい自分になる覚悟』 - HMU 達弥西心

(続き)はい、それから、次ね。『仕舞うとすぐに始める』っていうのがある。

これはどういうことかって言うと、「ゼロのすぐ次は1である」っていうことね。

「ゼロはなぜ壊れるのか?」って、「9をなぜ0にするのか?」って言うと、1を作るためなんですね。はい。自分が何かを引き受けた人は、一回ゼロにしないといけない、っていうことだね。ゼロになっていきます。まわりの状況からもね。

そしてね、今までやったことであったとしてもですね、新しいことを始めた時には、『新しい自分になる覚悟』、ですよね。これが『仕舞うとすぐに始める』、これが一番目。

だからあの、何度もオバマさんを出すけど、オバマっていう人は、新しいオバマにならないと。大統領を初めてやるんだもんね。うん。だから、「今までは自分はこれでやれていた」とか、「私はこういうことが自信がある」とか言っても、それをとにかくゼロからスタートするつもりでしないと、新しい1はできないよね、っていうこと。

だから私はあそこで、あの「怒っちゃった」っていうそこで、「ああ。この人、結構普通の人かな」って思ったんだよね。「それはあるよね」って思わないと、やっぱりできないよね。うん。だから、あそこを怒った、っていうのは、要するに自分の今までの考え方から言うと、「ここでこうやって発表したのに」っていうね。「発表して、こうやってその演説もしたのに、まだ分かってなかったのかなあ」って思って。・・・「分からんよね」って思っちゃうよね。私はね。うん。

よく言われるのは、例えば「自分の役がこういう役になりました」って、私のところに言ってくる人もいるけれど、それを、「『役になった』っていうことを発表してください、私から」って。要するに「お墨付きをすると、自分もやれるのに」って言っちゃうけど、しない。私はしないんですね。

それはもうまったくその人からいうと、新しい自分になっていくわけだから、「この人がやるよ」って言ったら、「ベースを作ってください、そうしたら1がやれる、2がやれる」ってみんな思っちゃうんですけど、まったくゼロから始めないとね。ということですよね。だから、オバマさんも新しいオバマさんにならないと無理なんじゃないかな、っていう気がします。

それから、うん、そうそう、麻生さんも言っていたね。「私は経営者をやっていたことがあるから、会社を経営していたことがあるから分かるんだ」って言っていましたけど、うん、それは政治とは違う。政治家として経営が分かるのとは違うから、やっぱり、まったくゼロからやらないと1は始まらないよね、っていうことですね。(続く)

達弥西心

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2009年08月18日

●見えない努力『理解できない言葉を使っても通じない』 - HMU 達弥西心

(続き)それからね、五番目、これね、私がほんと最近すごく感じること、『理解できない言葉を使っても通じない』っていうこと。理解できない言葉を使っても通じないんだよね、相手にはね。だから、まずは言葉を理解すること。

あの、こちらから言うと一生懸命ね、専門用語使って、専門用語って言うほどじゃないけど、仕事で普通使う言葉を言っても、向こうがその言葉をね、正しく理解できない人には、「分かった?」って言うと「分かった」って言うけど、うん、言葉の意味が分かっていないと伝わらない。だからね、子どもが使うような言葉で、話すべきだと私は思うんですね。あの、そんな言葉を使うべきだと思いますね。専門用語は使わない。どんなに熱くなっても、どんなに何度繰り返しても、理解できない言葉っていうのは、ほんとの意味で理解できない言葉は、通じない。うん、通じないんです。

だから私、前も話したけど、私が「すごいな」って思うのはあの、ある会社がね、あそこの社長が今、会長で、あの、なんか今事件の、あの…。その会社ですけど、あの人が、あの会社は、社内文書は全部ひらがなだ、っていうのを聞いた時に、「すごいな」って。私は、「すごいな」って思いましたね。

いやそれ、どうしてか?って言うと、「ひらがなだったらみんな読める」って。「声を出していたら読める」って。それを漢字でやって、漢字が読めなかったり、意味が分からない言葉を使っていると、内部通達ができない、って。ひらがなでやる、って言っている。

そうするとあの島田洋七さんが言っていたね、あの、「『英語は読めなくていい、漢字は読めなくていい』って、ばあちゃんが教えてくれた」ってね。「みんなひらがなでしゃべっている」って(笑)。そうね、漢字でしゃべっている人っていないもの、全部ひらがなでしゃべっている。だと思うね。あの、やっぱりあの発想っていうのは大事なこと。だから言葉が理解できなければ通じない。

だから、よく専門用語で言っていると、まあ確かにひらがなではしゃべっているんだけど、専門用語使っちゃうとね、こちらでは理解して、よく理解しているつもりでも、向こうに言うと、向こうに伝わる時には、そこの部分がもう、「えっ?何?」って思って聞いている。「何?」っていうのが一つあるともう、全部分かんなくなるからね。ということです。はい。

ま、これは、だから、それは理解できない側の問題であって、それはその言葉を理解することが大事。ちゃんと辞書を調べて、「なんていう意味かな?」とか、ちゃんと聞く、「え?ちょっと待ってください、その言葉の意味よく分かんないですけど」っていうことを聞くことが大事ですね。

そのためにはゼロになる。「自分がよく知らない」っていう、「まったく知らない」っていう、ゼロという意識を持たないと、それを受け入れようとしないですね。少しでも「知っている」って思っちゃうと。

それから「知ったかぶり」っていうのがあるよね。要するに全然知っていないんだけど、知っているようなふりをしてしまう。そういうことによって、これは1にならないんだよね。ゼロのままなんだよね。ということですね。

はい。『見えない努力』ってそういうこと。まったくゼロになる。とにかくペラッと。もう全然、最初に生まれてきたばっかりで何にも知らない、っていう状態に一回なる、っていうね。そうすると、1になれる、っていうね。(続く)

達弥西心

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