2017年03月24日

●風間旅人随想(2017/03)(11/12) - HMU 達弥西心

だけど今、ここに本部スタッフとしている人には私の下支えをしてほしいと思っています。でも一方で私はやっぱり、本部というのも経営だと思っています。経営が成り立っていかない本部というのはつぶれるだろうと思います。


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2017年03月23日

●風間旅人随想(2017/03)(10/12) - HMU 達弥西心

そうすると私はどうなるのかというと、閉じてしまうこと。それもいいなと最近はずっと思っています。息子を見ていて、すごくがんばっていると思いますし、本人も継ぐつもりでいるのですが、これから友だち関係だとか進路を行くにあたって、これから先、「こっちをやってみたいな」と思うかもしれません。その方がもっと価値があると本人が思えば、それはそれもいいなと思うし、「どうしても継いでもらわなければ」とは思いません。思わないというか、思うのですけれども、結局は、私は自分の人生を使って生き方提案というのをやってきた、やり切ったということで終わってもいいかな、一人でしまってもいいかなと思います。それが人生というものではないかなと、今は一方で思っています。


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2017年03月22日

●風間旅人随想(2017/03)(9/12) - HMU 達弥西心

と思うのですが、今は後継者を息子にと思っていますが、息子が「自分はこうしたい。こういうふうに生きていきたい。自分にはやりたいことがある」と、もし言い出したら、「それもいいね」と私は思います。彼が自分でやりたいことがあって、それを極めたい、自分の命を使って極めたいと言うのであればそれもいいと思います。それが天意に沿っていれば、です。


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2017年03月21日

●風間旅人随想(2017/03)(8/12) - HMU 達弥西心

今頃になってやっとそう思います。「あとを引き受けてくれるといいな」と。別にそれは自分の子どもでなくてもいいです。「ぜひ引き継がせてください」と言う人が出てくること、これは私の大きな喜びです。


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2017年03月20日

●風間旅人随想(2017/03)(7/12) - HMU 達弥西心

むかしは、例えばこういう仕事をしている家に子どもが生まれたら、必ずそのあとを継ぐということがありましたよね。イギリスなんかはいまでもそうだと聞きます。タクシーの運転手の家に生まれたらタクシーの運転手になると言います。こういうふうな、誇りを持った仕事というかな。ああ、誇りとも違うな・・・。自分のすべてを懸けてできるような仕事というのを、強く、強く描いていました。


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2017年03月19日

●風間旅人随想(2017/03)(6/12) - HMU 達弥西心

だけどたいていの人がなかなかそういうことにならないのではないかと思います。私の同級生もこのごろ定年を迎えていますが、「自分はやってきた。定年まで一つの会社にいて辞めずに今まで来られた」というのは、それは相当な闘いがあっただろうと想像します。立派だと思います。だけどこれを同じように子どもがあとを継ぐとか引き受けるとか、そういうことはないかもしれません。


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2017年03月18日

●風間旅人随想(2017/03)(5/12) - HMU 達弥西心

後に不動産の仕事を始めたとき、私は実はあまり不動産業に興味が持てませんでした。不動産というモノ、そもそもモノを所有することにあまり興味がなくて、バブルが弾けて社長を辞めることにしたときに「ああ、やれやれ」と、ホッとしたことを覚えています。しかし、次に何をするかというと、想定外も想定外の生き方提案会社だったのですが、そして今頃やっとです。「もしできることならばあとを継いでほしいな」とか、「このままをやってほしいな」と思うようになりました。


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2017年03月17日

●風間旅人随想(2017/03)(4/12) - HMU 達弥西心

そういう意味で、最初に新卒で入った会社は2年半くらいで辞めることになるのですが、辞めるときに「ああ、ここじゃなかった、これじゃなかった」と思いました。あとを継がせるのはこの仕事ではない、と思ったのです。


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2017年03月16日

●風間旅人随想(2017/03)(3/12) - HMU 達弥西心

私が若い頃、社会人になって一番に思ったことは、自分は仕事をやり続けて、そして定年を迎えて終わることでした。その頃は定年と思っていましたが、そのときに子どもがいたら、「同じ仕事をしたい」とか「あとを継ぎたい」と言ってくれることをイメージしていました。


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2017年03月15日

●風間旅人随想(2017/03)(2/12) - HMU 達弥西心

これは「社主である私を支えること」「社主の思いに、合わせるのではなく、沿うこと」。これが外れると本部スタッフでいる理由がありません。社主を支えるために本部スタッフとしているのです。


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