2009年09月03日

●聞いてみただけでは会話にならない - HMU 達弥西心

つまり何を話しているかというとですね、例えば「何々ですか?」と聞きますね、会話をする時に。相手にね。その会話の意図です。

それを私は最近スタッフと話をする中ですごく感じるんですよね。「何々ですか?」と聞いてくるから、私はそのことについて、突っ込んで話をしようと思うんです。さらに。もっと深い話をしようと思うんですけど、スタッフは深い話をしたいわけじゃないですよね。

スタッフは私に、何を聞いているかというと、私がどう動くかを聞いた上で、自分が動きたい方向があるので、動いていいかどうかを判断するために、その自分のために、自分のためだけに質問しているんですね。分かりますか。話としては、分かりますか?

要するに自分の都合を押し進めるために相手に質問すること、それを相手に聞いてみた、という。その場合は、会話というのは成立しないんですよね。聞いてみただけだから。

達弥西心

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2009年09月02日

●振り向いたら君はいなかった - HMU 達弥西心

私が自分で作った歌の、『振り向けばいつも』という歌があるのですが、「振り向けばいつも君はいなかった」という、あの歌です。

人と会話する時に何か質問しますよね。相手にね。その質問の意図が何なのか、ということで会話というか、「自分との会話」が取れるか取れないかというのは決まるような気が、ふとしたんですね。

こういう私も、正直なところ、最初の段階ですと、そんな「自分との会話」をしていなかったのですが、ある時から、ふと、ああ、天はどう思っていらっしゃるかな、と思うようになった時にね、「自分との会話」がストンストンと取れるようになったのです。

最初は、自分がどうしたいかなあとか、どうなるんだろうな、ということばかりが心配で、その方に一生懸命「自分との会話」していた頃があって、なかなか取りにくかったんです。その頃「自分との会話」の取れ具合が、「自分との会話」すると100点満点の35点とか36点あたりのところを行ったり来たりしていたと思うんですね。

それで、「振り向けばいつも、いつも君はいなかった」というのは私が自分で書いた詞なんですが、天も、そういう気持ちの時はコミュニケーションが取れないというかね、会話ができないんじゃないかな、と思ったのです。「振り向いたんだけど、お前はいなかったよね。そこに」という、そんな感じだと思うんですね。いなければ、伝わりようがない、というか。

達弥西心

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2009年09月01日

●人はどうして寂しくなるのだろう - HMU 達弥西心

2009年5月23日 11:00〜13:00 カンファレンスルームで、達弥西心特別講座『ことばのよわんよ靴痢屬悗宗廖戮魍講しました。『ことばのよわんよ掘戮僚佝任魑念しての開講でした。サブタイトルを『人はどうして寂しくなるのだろう』としました。その講座の前半部分で、とても重要なことを語っていますので、ここに改めて再現してみます。講演をそのまま「テープ起こし」したものです。

皆さん、おはようございます。

今日は、『ことばのよわんよ靴痢屬悗宗廖戮任后へそですから、真ん中にあるものということで、核心は何か、ということの話です。

本題に入る前に、今朝フッと思ったことなんですが、なぜ「自分との会話」がよく取れないのかという、確信めいたものがフッと浮かんだのです。

達弥西心

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2009年08月31日

●脳だけを使うと・・・ - HMU 達弥西心

脳だけを使うとどういうことになるか。

脳で決意しようとすると、迷う。(だから、脳は愛には不向き)

脳で物事を判断しようとすると、納得がいかない。(理解しているのに納得がいかな
い)

脳で評価しようとすると、独善的になる。(独りよがりになってしまう)


脳を全く使わない方がよいこと、三つ。

直感(脳を使うと閃かなくなる)

病気(病気は生き方の間違いを教えてくれる)

懺悔(脳を使っての懺悔は言い訳にしかならない)

達弥西心


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2009年08月30日

●喜んで還す - HMU 達弥西心

まず自分が喜んで生きること。

その喜んで生きるようになったことを周りに伝えるとともに、あとから来る人たちに喜んで生きることができるように祐けてあげること。

そして、喜んで生きるようになったこと、喜んで祐けた人たちが喜んで生きるようになったこと、そんな「喜びの声」を喜んで還すのだ。還す。そう、元となったその人に感謝をもって報告するのだ。あなたがくださったから、あげることができたのだ、と。

達弥西心

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2009年08月29日

●見返りを一切期待しない - HMU 達弥西心

見返りを一切期待しないで、そしてまた、その人が自分を裏切ったとしても、何も責めずに、その人が喜んで生きることができるように祐けてあげなさい。どんなに祐けてあげても、あなたが失うものはもう何もないはずだから。

達弥西心


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2009年08月28日

●喜んで、という言葉をくっつけてみる - HMU 達弥西心

与えること、施すこと、奉仕すること、差し出すこと、捧げること、自分から放すこと。これらの実践の言葉のすぐ前に、喜んで、という言葉をくっつけてみる。これができているかどうかが、本当の実践をしているかどうかの、重要なチェックポイントになる。

達弥西心

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2009年08月27日

●自分が選んだ道は「いつも正しい」 - HMU 達弥西心

あなたは人生の季節をどこまで見送ったのか。どこまで迎えたのか。その季節をあなたはどんな色に塗ってきたのか。

過ぎて行ったあなたの季節は、もう決して戻ることはない。だから、だからこそ、自分で選んだ道はきっと正しいと、あなたはきっとそう思いたいはず。

それでよいのだと思う。それしかないと思う。自分が選んだ道は「いつも正しい」。自分で選んだから、正しい。

達弥西心

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2009年08月26日

●「いのち」は、こころとからだによってつくられている。 - HMU 達弥西心

人の「いのち」というのは、こころとからだによってつくられている。

これはもうよく知っているね。

からだの中にこころがあって、はじめて人なのだ。そして、こころが原因で、からだが動くようにつくられている。こころの原因によって、からだに結果がでるようになっている。

これももうよく知っているね。

達弥西心

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2009年08月25日

●「自立」というテーマ - HMU 達弥西心

私は、「未来の夢」の手に入れ方にはおおいに興味を持っている。未来は実際になんとかできるからだ。

反対に、過去のことはよく憶えているが、「過去の写真」にはあまり興味がない。過去はどうやったって、実際になんともできないからだ。

達弥西心の興味はどこにあるかと考えてみた。

人生というもの、経営というもの、事業というもの、興味がある。自分でなんとかしていくもの、なんとかできるものに興味があるのだと思う。つまり、「自立」が、達弥西心のテーマである。

反対に、宗教というもの、政治というもの、お金というものは、回りくどくて私は興味がない。自分でなんとかしていくことも、なんとかできることもなさそうだ。信仰するのはよいが、信者が自分で人生を決められない、すがる、頼る、そんな宗教。総理大臣が、議員が思った通りに動けない、動かせない、もたつくそんな政治。高速道路料金の値下げによって大型フェリー客が激減しているのをどうすればよいか。政治は権力闘争なの? そして、自分で働かないでお金がお金を生むマネーゲーム、そんなお金には私はまったく興味がない。「自立」というテーマのかけらもないからだ。

「利益」というものは、いわゆるお金の領域ではなく、私には経営や事業の領域である。

ちょっと、きちんと意見を言ってみた。

達弥西心


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