2012年01月21日

●風間旅人随想(2012/01)

こんなつらい目にあっても、か。そう、そんなつらい目にあっても、笑って生きていればよい。どんなときも「うれしいこと」だけを選択していけばよい。
(西)


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2012年01月20日

●風間旅人随想(2012/01)

意思するということは、目指すべき目的があるということである。たった一つの目的があるのである。その目的は何か。自分に問えば、自分が答えてくれる。目的があり、その目的に向かって意思しているということは、つねに基準があるということである。私は、その基準を「天意基準」とし、「自分で決める」そのことを「人生経営」と呼ぶことにする。そんな商人を目指している。人生はそんなに複雑ではない。ただ笑って生きていればよい。


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2012年01月19日

●風間旅人随想(2012/01)

宇宙が意思している、ということは、すべての人は意思すべきであり、意思することで存在できるのである。動物や植物、モノやお金も意思すべきなのである。みんな意思しているべきである。宇宙に存在するならば意思しなければならない。つまり、それぞれは自分で決めなければならない。


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2012年01月18日

●風間旅人随想(2012/01)

宇宙でのものごとは、たった一つに集約される。結局すべてものは、たった一つそのものである。そのたった一つになる(一体化する=融合することではない)ことが「成る」ということである。成れば恍惚感。


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2012年01月17日

●風間旅人随想(2012/01)

宇宙は限りなく広いのであるから、「限りがない」のである。限りがあるモノの世界に生きている私たちには、限りある脳で考えても「限りがないこと」がどうしても理解できない。悟入するしかない。宇宙の端っこは、あっちの方でありこっちの方でもある。そのあっちとこっちは全部つながっている。すなわち、回っている。孫悟空の話のお釈迦様の手のひらと同じこと。


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2012年01月16日

●風間旅人随想(2012/01)

宇宙は生きている、と納得するのは難しい。けど、なんとしても納得する。私たちは宇宙に生きているのだから。
 ̄宙は、限りなく広い
宇宙は、たった一つである
1宙は、意思している


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2011年12月17日

風間旅人随想(2011/12)

 結局、一人ひとりが思うその思いがその人の思いであって、それが誰かとほんの少しだけズレていたとしても、その人の思いに違いないのだ。それが、その人の正解なのだ。人は自分と対話しながら、自分を生きていく。誰かと同じでなくても、わかりあえなくても、それが少し悲しくても、寂しくても、それが人生というものなのだ。還暦を迎えて。そう思えるようになった。人はみな自分を生きる。
(西)


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2011年12月16日

風間旅人随想(2011/12)

 演台に立ち、語りかけながら、どの会場でもほんの少しだけ伝わり方にズレを感じていた。仙台では大震災をはさんで9ヶ月ぶりの講演だった。演題は『黒い念い白い念い』だった。「あなたの腹の中は真っ白ですか。それとも真っ黒ですか。時々黒くなりますか」「人はなぜ笑うのでしょうか。笑っていなければ生きていけないから笑うのでしょう。自分で自分を励ますのでしょう」と語りかけた。被災の渦中にある人たちに語りかけた。私の伝えたいことと聴いている人たちの受け止めたことの間には、きっと隙間があったと思う。


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2011年12月15日

風間旅人随想(2011/12)

 先月、私は生き方提案会社の社長として、ひと月に延べ25会場1765名の人たちを前に講演した。『モノとこころの関係』『人生の目的は何か』『自分という商品の作り方』『黒い念い白い念い』『時間を制するものがこの世を制する』『働く意味』。タイトルも様々だ。


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2011年12月14日

風間旅人随想(2011/12)

 風に吹かれて雨に打たれて、それでも咲いている花がある。別に一生懸命咲いているわけじゃない。意味なくふつうに咲いているだけなのに、みんな勝手に思い込んでいる。勘違いしたまま付き合っている。ほんの少しだけなのに、あと少しだけなのに、そのほんの少しが近づけない。傷ついたふりをしたり、わかったふりをしたり、なんとなく思いあったつもりで生きている。


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