2009年09月14日

●目に見える世界と目に見えない世界にまたがって生きる - HMU 達弥西心

この靴箸いΔ里蓮⊆尊櫃砲海寮い涼罅△らだを持って生きるこの世の中がありますよね。その中で目に見えないものの大事なもの、というのを追求していくにはどうしたらいいか、という内容です。

気鉢兇蓮¬椶妨えない世界の大事なものだけが前に出てきていまして、この世をからだを持って生きていこうとするといろんな矛盾があるけれども、それはかなり無視した形でやっています。

それで、目指すところというのを最初に提示して、見せて、そしてこの靴如△海寮い涼罎呂海ΔいΔ佞Δ妨世錣譴襪鵑世韻匹覆なかそうはいきませんよね、とか、あるいはまったく逆のこと、矛盾することも多々ありますよね、ということを出しながら、それを克服していくにはどうしたらいいかということで、特に逆、ということをですね、逆のはたらきというか、そのあたりのことが前面に出てきています。

だから、この世を生きていくためには、この目に見えない世界だけを追いかけていても中々うまくいかない、ということを認めた上で、ではそれをやっていくにはどうしたらいいか、ということですね。だから目に見える世界と目に見えない世界にまたがって生きるにはどうしたらいいか、という内容になっています。

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2009年09月13日

●『ことばのよわんよ掘戮枠展形 - HMU 達弥西心

それで、これはこれで、要するにことばの前後がないというのは、ちょっと分かりにくいところがあるんですが、ピックアップしたその言葉だけをずっと読んでいくと、あっ、そういうことなんだ、とヒラメク。説明がないことがかえって深く考えるというか、捉えるチャンスになってくるんじゃないかな、というふうに思っております。この気鉢兇鬚海里茲Δ砲靴討泙箸瓩泙靴拭

そして靴箸いΔ里ですね、皆さんもご存知だと思うんですけど、気鉢兇箸いΔ里呂匹舛蕕というと教義というか、何にも分からないところで、要するにどちらの方向に向いていくか分からないような時に、こっちだよ、ということを書いたのが気鉢兇世隼廚い泙后F辰豊気諒は教義が中心になっていますね。それで気鉢兇箸いΔ里魎靄楫舛世箸垢襪函△海劉靴箸いΔ里蓮△海譴鯏験するというか、発展形というか、変化形ということだと思います。

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2009年09月12日

●『達弥西心338のことば』という本- HMU 達弥西心

『ことばのよわんよ掘戮箸いΔ里鮟佝任靴泙靴董△呂ぁF瓜に『達弥西心338のことば』というのを出しました。それでこの『338のことば』というのは、ことばのよわんよ気鉢兇涼罎梁膸な部分というか、これだけは残しておかなきゃいけないという部分を、前後を全部切り捨てて、要するに説明とかは全部切り捨てて、大事なポイントだけを全部拾い出したという本。338にしたかったんですけど、実は!というほどのものでもありませんが339あるんですね。これ違っていますよ、とよく言われます。うん、わかった上で338にしているんですけどね。339あります。番号も339までふってあります。

ほんとは一日一つで365にしたかったんですけど、メッセージで拾い出すとそんなになかったということです。ないものはしょうがない、ということで338のことばなったんです。え?339あるのにどうしてタイトルは338のことばなのか、ですか? うん、ゴロがいいから、です。

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2009年09月11日

●自分自身がどうしたいのか - HMU 達弥西心

それが初期の頃だと、もっと自分の都合の通りに答えてくれないと困る、ここにいてくれないと困るんだよね、今から自分はちょっと他の用事やりたいんだけどいいかいな?という形になっているから、「自分との会話」というのは成り立たないんだと思う。だから本当にまず聞くことは、自分自身がどうしたいのか、どういうふうに思っているのかを聞くことが先、のような…気がするのです。

今朝フッと、長年の自分の疑問というのがフッと解けた気がしたんですね。

あの歌を書きながら思ったことは、その時は自分を主体に物を考えていましたけど、ああ、そうだよね。これはまったく同じことを自分自身に対して、天にしているよね、と。向こうが、さあ話すぞ、と言った時に全然そう思っていないわけだから。会話が成立しないうちに話が終わってしまう、というかね。こういうことを思ったんですね。はい。

以上は前置きです。はい、ではいよいよ本題に入ります。

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2009年09月10日

●天の身になって「自分との会話」をする - HMU 達弥西心

天はやっぱり、ねえねえ、とか、自分自身もねえねえ、と話したい時があるんだと。その時にスッと受けられないというのはしょっちゅう自分自身のこととか天のことを思っていない、考えていないんではないかなあ、と思うんです。だからよく最近ね、自分自身の身になってとか、天の身になって「自分との会話」をする、と言いますよね。やっぱりそこだろうと思うんです。それができるようになってくると、「自分との会話」が深まっていくんじゃないかなと思うんです。まず相手の念い、天の念い、自分自身の念いを先に聞いてあげないと、「自分との会話」というのは進まないんじゃないかな。

とっても白けるんですよね。例えばね、スタッフが何々と聞いてくるじゃない。例えば「ずっとここにいらっしゃいますか?」とか言うから、「うん、いるよ」と答えます。「じゃあ何か話をするのかな」と思ってたら、「いるんだったら、私ちょっと他の用事をやってきます」ということ、なんだよね。しょっちゅうあるんですよ。「ああそうですか、ここにいるんだったら、じゃあその間私ちょっと他のことやってきますから」と。「ああ、そうなんだ…」みたいなね。それはもう会話にならないね。質問されるから、答えるとさらにこう拡がっていく、深まっていくと思っているこっちはおおいに期待しているんだけど、「ああ、なんだ。そうなんだ」ということが、よくあるんですね。あんな感じを多分ね、自分自身とか天は思っているんじゃないかなと思って。その時は「自分との会話」が進んでいかないんじゃないか、と。聞くのは聞いたけど、とね。

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2009年09月09日

●振り向いたらそこにいてほしい - HMU 達弥西心

でも「聞くこと」というのは、天の、あるいは自分自身の言いたいこと、念いを先に聞いて、ほんとは聞かなくても先回りして手が打てる、というのが気働きのできる人、相手に思いやりがある人、というか。ああこうしたいな、と思う時にはさっとそれが出てくるとかね。そんな人になる、そんな「自分との会話」をするといい、ということです。

話したいなと思って振り向いたら、ふり向けばいつも君はいなかった、というのは、ね。ちょっと話したいんだけどと振り向いた時に、話す相手がさっきまでいたのにいない、とか。いるんだけどそっぽ向いてる、とか。そういうことがしょっちゅうだよね、という話なんですよね。あれね、すごく寂しい思いをするんだよ、というね。それは結局私がそんなふうに思っているんだけれども、天もきっとそうだったんではないかなあ、ということを、うん、すごく思うんですよね。

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2009年09月08日

●会話が成立する条件はただ一つ - HMU 達弥西心

さて、会話が成立するのは、ただ一つなんです。一点。

要するに、「あなたは」というのは自分自身に向かって、あるいは天に向かって、「どうされますか?」ということ。あなたの都合を聞いている時です。だから要するに「天は私に、どう動いて欲しいと思っていらっしゃるんですか?」「こういうふうに動いて欲しいんですか?」と質問をした時に、会話が成立するんだということです。向こうも答えてくれる。「ううん、そっちじゃなくて、ちょっとこっちだよ」と言って会話が弾む、というか、どんどん深まっていくでしょ。

それで、相手の都合を聞くという、相手の念いを聞いてあげるために質問した時というのは、会話が成立するんですね。だけど自分の都合を何かしようと思って聞くというのは、会話は進まないし、プツっと終わってしまうし。それに、ましてや何にも関係ない、ただ聞いてみただけという会話であったなら、これはもう、その時点で終わってしまいますね。

意外とそんな「自分との会話」をしているんじゃないかな。あるいは周りともそういう会話をしているんじゃないかな、と思ったんです。確かに私も最初の頃そうでしたから。自分はこうしたいんですけど、こうやったらこうなるんですけど、あの人がこういうふうに思っていると思うんですけど、と。そんなことばっかりだったんです。自分の都合ばっかりだった。

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2009年09月07日

●独りよがりな「自分との会話」 - HMU 達弥西心

そうするとね、会話する時には自分の都合を優先するために一応打診するとか、聞いてみるために質問する会話というのがありますよね。これは独りよがりな会話。「自分との会話」なら、独りよがりな「自分との会話」になるわけです。

そして、何にも関係なしに聞く場合がありますね。要するに全然意味も無いのにただ会話する、その場がもたないので「今日良い天気ですね」と聞くとかね。そういう「自分との会話」もありますよね。ただ聞いてみただけ。

そして、ほんとに自分がしたいこととか、しなきゃいけないこととかとは関係のないことを聞くことがありますよね。「これやるんですか?」みたいに聞いちゃうんだね。間をつなぐために聞いてしまうことがあるよね。これも会話にならないですね。

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2009年09月06日

●自分の都合を進めたいために聞いてみただけ - HMU 達弥西心

私もね、自分で、最初の頃に、「自分との会話」していたことがなかなか取れないでイライラしていた頃に、ああ、自分がどうしたいかを確かめるために、そのためだけに質問していたな、「自分との会話」していたなと思った。自分がこうしたいんだけど、いいかどうかだけを聞いていたなと思ったんです。その頃は「自分との会話」にならない。全然ならない。要するに深まらない。ただ聞いてみただけなんですね。

人と会話する時もそんなことで、質問する時というのは自分の都合を進めたいために聞いてみただけ、というのがよくありますよね。そんな具合では「自分との会話」は進まないんです。それをすごく感じました。今朝、思ったことです。

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2009年09月05日

●深まらない会話が多すぎる - HMU 達弥西心

天に質問しますよね。「自分との会話」というのは天に、自分自身に質問しますよね。「こうですか?」と聞きますね。それで、「聞いてきた」と思って、自分自身とか天は聞いてきた以上はそれについて突っ込んで、またもう一つもう二つ質問があるんだと思って、待っているんだけど、それ以上は質問は、ないんです。それで終わっちゃうんです。終わって、「ああ、それだったら私こうします」と、自分の都合だけで決めちゃう。分かりますか。そんなことが意外に多いんだと気がついたんです。

達弥西心


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