2009年09月01日

●人はどうして寂しくなるのだろう - HMU 達弥西心

2009年5月23日 11:00〜13:00 カンファレンスルームで、達弥西心特別講座『ことばのよわんよ靴痢屬悗宗廖戮魍講しました。『ことばのよわんよ掘戮僚佝任魑念しての開講でした。サブタイトルを『人はどうして寂しくなるのだろう』としました。その講座の前半部分で、とても重要なことを語っていますので、ここに改めて再現してみます。講演をそのまま「テープ起こし」したものです。

皆さん、おはようございます。

今日は、『ことばのよわんよ靴痢屬悗宗廖戮任后へそですから、真ん中にあるものということで、核心は何か、ということの話です。

本題に入る前に、今朝フッと思ったことなんですが、なぜ「自分との会話」がよく取れないのかという、確信めいたものがフッと浮かんだのです。

達弥西心

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2009年08月31日

●脳だけを使うと・・・ - HMU 達弥西心

脳だけを使うとどういうことになるか。

脳で決意しようとすると、迷う。(だから、脳は愛には不向き)

脳で物事を判断しようとすると、納得がいかない。(理解しているのに納得がいかな
い)

脳で評価しようとすると、独善的になる。(独りよがりになってしまう)


脳を全く使わない方がよいこと、三つ。

直感(脳を使うと閃かなくなる)

病気(病気は生き方の間違いを教えてくれる)

懺悔(脳を使っての懺悔は言い訳にしかならない)

達弥西心


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2009年08月30日

●喜んで還す - HMU 達弥西心

まず自分が喜んで生きること。

その喜んで生きるようになったことを周りに伝えるとともに、あとから来る人たちに喜んで生きることができるように祐けてあげること。

そして、喜んで生きるようになったこと、喜んで祐けた人たちが喜んで生きるようになったこと、そんな「喜びの声」を喜んで還すのだ。還す。そう、元となったその人に感謝をもって報告するのだ。あなたがくださったから、あげることができたのだ、と。

達弥西心

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2009年08月29日

●見返りを一切期待しない - HMU 達弥西心

見返りを一切期待しないで、そしてまた、その人が自分を裏切ったとしても、何も責めずに、その人が喜んで生きることができるように祐けてあげなさい。どんなに祐けてあげても、あなたが失うものはもう何もないはずだから。

達弥西心


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2009年08月28日

●喜んで、という言葉をくっつけてみる - HMU 達弥西心

与えること、施すこと、奉仕すること、差し出すこと、捧げること、自分から放すこと。これらの実践の言葉のすぐ前に、喜んで、という言葉をくっつけてみる。これができているかどうかが、本当の実践をしているかどうかの、重要なチェックポイントになる。

達弥西心

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2009年08月27日

●自分が選んだ道は「いつも正しい」 - HMU 達弥西心

あなたは人生の季節をどこまで見送ったのか。どこまで迎えたのか。その季節をあなたはどんな色に塗ってきたのか。

過ぎて行ったあなたの季節は、もう決して戻ることはない。だから、だからこそ、自分で選んだ道はきっと正しいと、あなたはきっとそう思いたいはず。

それでよいのだと思う。それしかないと思う。自分が選んだ道は「いつも正しい」。自分で選んだから、正しい。

達弥西心

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2009年08月26日

●「いのち」は、こころとからだによってつくられている。 - HMU 達弥西心

人の「いのち」というのは、こころとからだによってつくられている。

これはもうよく知っているね。

からだの中にこころがあって、はじめて人なのだ。そして、こころが原因で、からだが動くようにつくられている。こころの原因によって、からだに結果がでるようになっている。

これももうよく知っているね。

達弥西心

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2009年08月25日

●「自立」というテーマ - HMU 達弥西心

私は、「未来の夢」の手に入れ方にはおおいに興味を持っている。未来は実際になんとかできるからだ。

反対に、過去のことはよく憶えているが、「過去の写真」にはあまり興味がない。過去はどうやったって、実際になんともできないからだ。

達弥西心の興味はどこにあるかと考えてみた。

人生というもの、経営というもの、事業というもの、興味がある。自分でなんとかしていくもの、なんとかできるものに興味があるのだと思う。つまり、「自立」が、達弥西心のテーマである。

反対に、宗教というもの、政治というもの、お金というものは、回りくどくて私は興味がない。自分でなんとかしていくことも、なんとかできることもなさそうだ。信仰するのはよいが、信者が自分で人生を決められない、すがる、頼る、そんな宗教。総理大臣が、議員が思った通りに動けない、動かせない、もたつくそんな政治。高速道路料金の値下げによって大型フェリー客が激減しているのをどうすればよいか。政治は権力闘争なの? そして、自分で働かないでお金がお金を生むマネーゲーム、そんなお金には私はまったく興味がない。「自立」というテーマのかけらもないからだ。

「利益」というものは、いわゆるお金の領域ではなく、私には経営や事業の領域である。

ちょっと、きちんと意見を言ってみた。

達弥西心


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2009年08月24日

●私の興味のあるもの、私の興味のないもの - HMU 達弥西心

私の興味のあるものは、「人生」、「経営」、「事業」。話題としても取り上げるが、私個人もおおいに興味がある。このブログもこの三つがテーマになると思う。

私の興味のないものは、「宗教」、「政治」、「お金」。話題としては取り上げるが、私個人はまったく興味がない。まったく無頓着である。

達弥西心


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2009年08月23日

●私の「0ぽっち」 - HMU 達弥西心

(続き)まあ、そんな感じでですね、「0ぽっちを進んでいったら」と。で、そうやって言うと、私も「今年、何をやるか?」っていう話でね、今までもやってきたんです。私、「私の0ぽっちは何だったか」ってずーっと考えてみると、MAOっていうのはそうですよね。前に誰かがやっていたわけじゃないね。「MAOっていうのを、こうやっていきます」と。で、それを誰かに伝えた時に、私の1が始まる、っていうかね。まったく初めてのことを、自分で、まあ例えば、取りかかる。取りかかったことをさらに進めていこうとした時には、その、自分のあとについてくれる人を、育てること。そうすることによって、どんどん前に行かざるを得ないよね。ということ。

それから、この講話を一から始めて、ねえ。始めました。ずーっと続いているけど、なんかもう「やっていけるかな」って、最初の思いはね。「やる」って決めないと、「やる」って言わないと、進まないよね。それから、まあそういう意味で行事もそうですけど。

意外と私が「やってるな」って自分で実感する時、一番「0ぽっちを進めているな」って思うのは、あれですよね。あの、みなさんに贈る「誕生カード」を書く時ね。これね、最初そうも思わなかったんだけど、最初あの、なんだっけ、あの、えー、なんとかっていう会社の社長の、あの人がやっている、っていうからね(笑)、真似して始めたんですけど、できると思ったんだけど、結構大変だね。うん。もうほんと、手がしびれるようになりますけど、毎月毎月。年間にすると二千何百通。でも、やっている時に、「ああ、これはやっぱり、ゼロから進めてきたよね」っていうのが自分であるね。それが続いていくと、それが力になってくるね。と思います。はい。まあ、そういうことです。

継続の前に、一番最初にゼロから始まる、っていうね。「一回、今までを叩き壊してそしてゼロから始まって、1、っていう形に行きますよ」ということですね。

まあそういう意味では「くにづくり」もずっと進めておりますけど、はい。あの、これも『0ぽっちのすすめ』で、私の中で、どこまで作り上げることができるかな、と思いながら、じりじりとやっています、はい。

あれはやっぱり、ゼロから始めたから良かったんだと思いますね。どこかにあるところをそのまま引き継いでやって行くんでは、ここまでにならなかったと思います。はい、そんな感じでやることを、今年も始めて行きたいと思っています。

はい、そんな感じでですね、『0ぽっちのすすめ』ということを、お話しさせていただきました。はい。是非、今年はこの「0ぽっち」を進めていく。

それと、今年の時流ね、しっかりと生き抜くためには、常にここに、「原点に戻る」ということをしていただいたら、というふうに思います。(了)

達弥西心

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