2011年09月15日

風間旅人随想(2011/09)

 幸せそうに顔が晴れている人は、まわりの人たちの良いところを見つけようとしている人、不幸せそうに顔が曇っている人は、まわりの人たちの良くないところを見つけては批判する気持ちを持っている人、だと思う。相手の幸せを見つけようとする人は、自分が幸せになるということであり、相手の不幸せを見つけようとする人は、自分が不幸せになるということのようだ。他人を批判する人は自分が幸せになれない、自分のこころが晴れない、ということなのだ。相手を幸せにしなくても、相手の中に幸せを見つけることができれば、自分が幸せになれるということだ。


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2011年09月14日

風間旅人随想(2011/09)

 最近ふと、幸せそうに顔が晴れている人と、不幸せそうに顔が曇っている人がいるのはどうしてだろうと思った。


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2011年09月13日

風間旅人随想(2011/09)

 自分でも気がつかなかったが、人と人を出会わせるのがうれしくて、いつもニコニコ笑顔だったのだと思う。確かに気分はいつもハッピーだった。毎朝目が覚めるのが待ち遠しかった。こころはいつもスカッと快晴だった。


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2011年09月12日

風間旅人随想(2011/09)

 もう二十年くらい前になるだろうか、二つの異業種交流会を主宰していた頃、会う人会う人に言われたことがある。「どうしてそんなにいつもうれしそうに笑っているの?何がそんなにうれしいの?」と。当時4000名超の人脈リストがあった。


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2011年08月23日

風間旅人随想(2011/08)

 どう教育するか。ほめられたい人をほめる、叱られても育ちたい人を叱る。ほめ育てされた人はリーダーには育たない。叱られて育った人はリーダーに育つ。あなたはほめられたい?叱られても育ちたい?    (西)


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2011年08月22日

風間旅人随想(2011/08)

 個性を伸ばしてやるなら、ためらうことなくほめ育てすることだ。リーダーを育てるなら、ためらうことなく叱り育てすることだ。信長が家康を幼少期預かって育てていた時期、とことんほめて甘やかして育てるように命じたという。信長は家康が将来大物リーダーにのし上がるだろうことを見てとったのだという。リーダーにさせたくなかったのだろう。


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2011年08月21日

風間旅人随想(2011/08)

 駄馬ではあるがエリートだ、天才だ。矛盾を自分のものにすることがこの世を生きる成功のコツだと思う。生きることと死ぬこと、無限の夢を有限の命を使って実現すること、どう考えたってこの世は矛盾している。矛盾だらけだ。だから私は矛盾が好きだ。矛盾は思いかたを変えるチャンスだ。


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2011年08月20日

風間旅人随想(2011/08)

 自分のことを、「駄馬だが、天才だ」と思うようにした。「駄馬だが、超エリートなのだ」と思うようにした。天からもらう才能で勝負すればよい、「こんなことに気がついたオレは選ばれた超エリートだと思う」、そう思いこむことにした。自著『エリート駄馬のすすめ』は、そんな私が子どもたちに夢の描き方を教える本だ。


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2011年08月19日

風間旅人随想(2011/08)

 ほめ育てを好む人がガンガンに叱られると落ち込む、やる気をなくする。スタッフを見ていてそれを思う。それでおまえは落ち込んだのかいと聞かれると、NOだ。叱られて私はちっとも落ち込まなかった。自分で自分を励ますことを同時にその先輩から教えてもらったからだ。


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2011年08月18日

風間旅人随想(2011/08)

 社会人になって最初に出会った先輩から、仕事に関してガンガンに叱られた。挙句に、「お前はこの会社では駄馬だ」と言われた。駄馬はダメな馬のことで、さっぱり能力も才能もない馬だ、と。サラブレッドなんかじゃないぞ、と。カン違いするなよ、と。ついでに、駄馬には駄馬の闘いかた、勝ち方がある、と教えられた。「オレは駄馬だ」としっかり認識することで勝てるようになった、サラブレッドにさえ勝てるようになった。私は叱られて育った。


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