2018年03月21日

●風間旅人随想(2018/03)(9/16) - HMU 達弥西心

有名な占い師がテレビに出てAKBのメンバーに「次はセンター取れるよ」などと言って、結果「取れませんでした」ということがありましたが、あれも、確かに名前からする運勢でいうとそういうことになっていると思うのですが、その人なりの事情というものがあるのです。


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2018年03月20日

●風間旅人随想(2018/03)(8/16) - HMU 達弥西心

私は念いだと思います。念いというとわかりにくいですね。「あの人の念いはわかる」とか、「わからない」などと言いますが、私がやっている方法はその人に感情移入するというかな、その人の中に入るのです。「今私はこの人だ。この場合、この人がどう選択するかな」と考えてみると、「こういう状況だったらこれしかないよね」というのがわかります。そうやってつかんでいくという方法しかないと思います。一対一で向き合ったまま「わかる」とか「わからない」とやっても、それはちょっと無理だと思います。


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2018年03月19日

●風間旅人随想(2018/03)(7/16) - HMU 達弥西心

別れることは、神さまも必要があって別れさせる場合もあると思いますし、「そのままで行け」となったら行けるようにして次の代に渡すようにすると思います。


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2018年03月18日

●風間旅人随想(2018/03)(6/16) - HMU 達弥西心

やっぱり10年という時間が経たないと。先代について来た古株の人たちがそこを去るまで、10年間くらいは必要です。逆に、先代がやめたからといって先代に付いて行っていた人たちが一斉にいなくなってしまうと、たちまち組織が動かなくなってきますから、やっぱり先代を支えてくれた番頭格の人が後継者にも同じように付いてきてくれなければなりません。そうすれば、10年間先代とまったく同じやり方でやっていた方がいいと思います。10年経って、ずっと見てきて、そのあとに「こういうふうに展開します」というふうにやっていくのがいいと、私は思います。


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2018年03月17日

●風間旅人随想(2018/03)(5/16) - HMU 達弥西心

すぐにその場でポンと渡して、「あとは知らない」とやれば、「あとは引き受けて自分がやりたいようにやる」ということになってくるのだと思います。これではうまくいかないなと思います。ですから伴走するというか、横で10年間はそばを走るということも必要だと思いますし、先代のそっくりそのままを引き受けてやるのであれば、そっくりそのままの通りに10年間はやっていくこと。


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2018年03月16日

●風間旅人随想(2018/03)(4/16) - HMU 達弥西心

前から言っていますが、後継した人は、10年間は先代と同じやり方で進んで行った方がいいと思います。それから10年間は、先代は後継者に引き継がせたとしても自ら横で一緒に走りながら、後継者が一人で走れるまで横に付いていることも大事かなと思います。


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2018年03月15日

●風間旅人随想(2018/03)(3/16) - HMU 達弥西心

先代がやってきたことをまず全面的に認めること、受け入れることが大事です。拒絶はよくないです。


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2018年03月14日

●風間旅人随想(2018/03)(2/16) - HMU 達弥西心

私は、「血統」を後継者の必要要素とはとらえていません。後継者にとって一番必要な要素は「念い」だと思います。要するに、どれくらい先代の念いと同じことを自分が思えるかということだと思います。


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2018年03月13日

●風間旅人随想(2018/03)(1/16) - HMU 達弥西心

団体や組織を割らないために、血統で代を引き継いでいく団体や組織もあります。血統は後継者の必要要素と捉えていましたが、後継者にとって、一番必要な要素とは、何でしょうか。私が答えます。


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2018年02月23日

●風間旅人随想(2018/02)(8/8) - HMU 達弥西心

生きていて、この世的な目的を追いかけていると、どれだけ達成しても、「それからどうする?」と言われたときに、それから先が描けないというか、何も描けません。少なくとも私はそうでした。思い描けません。そうしたら天意に沿うという、なかなか沿うことができない高みを目指して、それを目的にしていくとがんばれる。なかなかその目的は、「高み」ですから、達成できません。簡単に達成してしまうと、すぐに「どうしよう?」と思います。そう思います。目的はそんなものだと思うのです。目的は到達できないから、目的なのです。
(西)


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